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3月号

 投稿者:修理之輔  投稿日:2012年 4月11日(水)10時37分45秒
  3月号月報への感想がKeiJOさんから管理者へメールで参りましたのでご紹介します。
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桜日和、日本の春は素晴らしい。
2012年3月号 政治制度の国際比較についてコメントします。
日本を豊葦原の瑞穂の国とするためには、多角多面にわたる国の形の改造が必要です。その根幹の一つが政治制度です。民主党政権が迷走している今日、これを改造する意図をもって、先輩民主主義国の制度と比較、理解することは時宜を得ています。

1, 戦後の長期政権
豊かさ研の見解は、首相への権力集中不足が日本を駄目にした、ようにも読みとれます。いまわが国は非常事態に直面していると認識する必要があります。3.11、先進国中最悪の財政赤字、人口減少と高齢化、産業の空洞化、国際的地位の低下、中国・北朝鮮からの脅威・・などは歴史的な国難です。これに対処するためには強いリーダーシップが必要です。赤信号みんなで渡れば怖くない、という衆愚政治の発想でなく、英邁な指導者に権力を集中すべきです。ほぼ対等な2院制議会や選挙制度などを責めることはできます。しかし戦後、現行制度の枠内で少なくとも4人の指導者が約5年から約8年にわたる長期政権を維持し、否定評価はあるものの、機能する政治を行いました。ワンマン吉田茂、沖縄返還など戦後処理の佐藤栄作、国鉄ほか行政改革の中曽根康弘、そして抵抗勢力をぶち壊した小泉純一郎です。

2.それでも政治制度の改革は必要
その根底にある憲法改正が必要です。最近、自主憲法制定の機運が再び高まってきましたが、改憲は半世紀前からの国家の課題です。1953年、鳩山一郎氏の自由党が改憲を公約に掲げて以来幾多の政党、学者、マスコミが改憲を唱えてきましたが実現せず、平和憲法は65歳にして未だに現役です。甲論乙駁、社会党と共産党はまだ護憲を唱えています。

3.まず国民投票条項だけ変えよう
現行憲法は、天気晴朗にして波穏やかな海、だけを想定する。現実の海は随時荒天、波高し。全天候型の憲法が必要ですが、問題点が多すぎます。前文、天皇、人権、戦争放棄、2院制、議員定数配分、改正規定などなどきりがない。そこで、100点満点の答案でなく、最小限の改定を憲法第96条に基づき、国会が3分の2多数で発議してこの条項の改定だけを国民投票にかけるのが現実的です。「両院の3分の2」多数決規定を「過半数」に変えるだけでいい。これで他国と同じスタートラインに立てる。憲法は環境変化に応じて何度でも柔軟に改正すればよい。欧米諸国はみなそうしている。それでも国会がこの改正ミニマムを議決できなければ、単純多数決で自主憲法制定を国民投票にかけるしかない。護憲論者は、過半数による決議は違憲と言うでしょう。これは改憲でなく、廃憲・棄憲そして創憲の道程です。眼前の総選挙で、これを公約にする政党の出現を期待します。某大新聞の面接調査結果によれば改憲賛成54%(2012.3)←43%(2011.9)、反対30←39.これなら行けそうです。以上
2012.4.10 KeiJO


 
 

英国から帰国された方の日本観

 投稿者:修理之輔  投稿日:2011年 9月24日(土)10時33分18秒
  tsunesan、英国から一時帰国された方の母国観、ご紹介有難うございました。日本には大震災の甚大な被害を受けたような感じがしない、本当は大丈夫なのか?と感じられたようですね。私は日本は大丈夫だと思っています。貧乏なのは政府だけです。大震災直後、かく言う私を含め多くの日本人が莫大な義援金を出しました。大部分の日本人は東北を助けるため、また政府の窮状を救うため、増税に応じて良いと感じていると私は思います。ただ、自省の部分利益のためだけに動く各省庁バラバラの今の日本の統治システムの改善策が示されなければ、その思いを一時封印しておきたいと多くの人が思っているのも事実でしょう。増税案と同時に統治機構の抜本改的善案が提示されることを心から祈っているのですが。  

外国から見た日本

 投稿者:tsunesanメール  投稿日:2011年 9月 5日(月)09時55分3秒
  英国に住みつき35年になる友人が、日本に里帰りして一か月ほど滞在し戻りました。久しぶりの日本の印象を送ってきました。


「8月30日に灼熱の日本から冷涼のイギリスに帰国しました。 温度差17度で全くの別世界の感じがしました。すでにこちらでは紅葉が始まっています。 空港から自宅に戻る列車から、30年、40年経っても変わらない馬や牛の放牧された田園風景をみて、またこのコンピューターの時代にジーゼル車が座席や床張りも50年くらい前のままのような古い車体をひいて、一つ前の時代に戻ったような感じがしました。日本の鉄道の近代化された美しさ、正確な運行、何処に行くにも利用出来る便利さ、こうした改善をいつも行っている日本のすばらしさを改めて見直した思いがしました。 英国のシステムは鉄道に限らず、何かが欠落しているように思います。鉄道は私が最初に英国に来た40年前と殆ど変わっていません。一部では自動改札がありますが、それが徹底されていないため、半分以上の駅には自動改札がない、またあっても巧く作動していないと思われます。今回の帰りの列車でも、一度も検札がなく乗るのも自由で、最後の降車駅で駅員が改札口で立っていただけでした。のどかと言えばのどかですが、ざるで水を汲むようで、鉄道が利益を上げる努力など、全くしていないように思われます。英国に戻って目立つのは、やはり日本と同じ高齢化の現象です。 杖をつきながら手を取り合ってゆっくりと歩くカップルの姿は、日本のお年寄りにない(私もお年寄りですが)労り合う優しさがにじんでいて英国らしさを感じます。
日本で今回過ごした日々は、娘一家と北海道に旅した9日間を含めて1ヶ月でしたが、東日本大震災で大きな被害を受けた日本の社会が、殆ど以前と変わらない豊かさを保っているのを見て、日本という国の将来がこのまま続くのかどうか不安を感じました。北海道での新鮮なカニやウニ、豊富な野菜と鮮魚。 日本中何処にいても、お刺身や寿司が何時でも食べられて、野菜は殆どすべて、ジャガイモですら、サイズも統一され、きれいに包装されたものが並び、食パンは柔らかく、スカスカで中身がないようでした。 正直、日本がこのままの豊かさを続ける事は出来ないだろうと危惧し、又予想される災害に対する日本の人々の楽観的な態度にも焦りを感じます。だからと言って、どうする事も出来ない逃げ場のない日本の現状ですが、そんな想いを抱いて英国に帰ってきました。しかし、日本はなんと言っても故郷です。居心地の良い場所があり、楽しい友人や家族がいるすばらしい場所です。 又近い将来帰国出来る日を計画します。」
 

過去から学ぶ

 投稿者:tsunesanメール  投稿日:2011年 6月12日(日)16時56分7秒
   「血の日曜日」と言えば、1905年、当時のロシアの首都サンクトペテルブルクで行われた労働者による皇宮への平和的な請願行進に対し、政府に動員された軍隊の発砲により多数の死傷者を出した事件の発生した日である。ロシア革命の原動力となったことで良く知られる。「血の日曜日」と呼ばれる事件は他にもある。アイルランドで独立運動が活発化していた1920年、ダブリンで軍がカトリック教徒の平和的デモに対し発砲して死者を出した事件、さらに昨年知った事であるが、北アイルランド紛争の最中の1972年、ロンドンデリーでカトリック教徒(被抑圧階級)の公民権要求デモ行進に政府軍が発砲して13人(事件後の死も含め14人)が死亡した事件も「Bloody Sunday」である。アイルラン系のジョン・レノンとポール・マッカートニーに、この事件を題材に作品がある。事の真相は明らかにされていなかった。事件直後の裁判では、軍側に責任は無かったとして告発された兵士達には無罪が宣告された。被害者は真相究明を訴え続けた。
IRAに対して強硬策を取る保守党政権下では実現しなかったであろうが、ブレアーが政権を獲得した直後1998年に、独立委員会(サヴィル委員会)によるこの事件の調査が開始された。昨年2010年、調査開始から12年の歳月と約1億9000万ポンド(現在の為替比率でも¥300億近い)という巨額の経費を掛けた38年前の事件の調査が完了し、5000頁の上る報告書が提出された。政権に就いたばかりの保守党キャメロン首相は、調査結果を踏まえ、軍の発砲は「正当でもなく正当化できるものでもない(…unjustified and unjustifiable)、国を代表して謝罪すると被害者に詫びた。私はこのキャメロンの謝罪をBBCテレビの国会中継で見た。この件は日本のメディアはあまり大きく報道しなかったが、知る人もいると思う。
また英国では今、独立調査委員会がイラク戦争参加に至った経緯を調査しており、ブレア元首相を始め当時の関係者が次々に公聴会で証言する様子が、時折日本の新聞で報じられている。ブラウン元首相の提案で始まったこの委員会の審理は、イラク参戦の正当化に使われるとの批判があったが、独立委員会であるからブレアーによる英国の参戦に対する批判的結論が出るかもしれない。戦後に米欧で暴露されている事実は、誤った情報と判断により強硬派主導でイラク侵略が行われたことを、ほぼ明らかにしている。米国の一学者の説では、イラク攻撃には米国イスラエルロビーの積極的後押しがあったという。ブレアーを含めイラク戦争支持者等は、今ではサダム・フセインによる強権専制体制を倒せたことがイラク国民の利益に適ったと、侵略を正当化している。私もサダムの滅亡を歓迎はする。しかし「デモクラシーをもたらした」のは副産物に過ぎない。ブレアーが参戦を決めた時も、英世論は参戦反対が多数を占めた。
さて、英国の上記二例を引き合いに出したのは、「過去を総括し過去から学ぶ」習慣をわが国にも根付かせたいためである。原発トラブルに至った原因、経過、将来への教訓をどのように引き出すか、我々の資質が試される。
 

国際機関で活躍を

 投稿者:tsunesanメール  投稿日:2011年 5月31日(火)11時46分37秒
  ストロスカーン氏のスキャンダル辞任により、IMF専務理事の後任人事が話題となっている。世銀トップは米国から、このポストは歴代欧州から選出されることが慣例になっている。ス氏後任にEU・欧州は仏経済財務産業相ラガルド女史を押している。同氏が就任すれば、フランスはチャッカリと五人目二代続けて専務理事を出すことになる。同国の外交における力量については別の機会に意見を述べたいが、ブレトンウッズ体制が生まれてから60年以上が過ぎ世界の経済地図が大きく変わった今日、未だに旧慣行が生きているのは納得ゆかない。案の定、インドや中国は異議を唱えている。不思議なのは我が国の沈黙である。慣行の不合理を指摘しないのみならず、自ら名乗り出ることもない。慣行に異議を唱える勇気がないのか、日本を置いて欧米以外から出ることが不快なのか?元大蔵省国際金融局長の加藤隆俊氏が、副専務理事を6年勤めて昨年引退したばかりなので、それで良いとしているのか?元来出資比率の高い日本は、トップを含めもっと人を出して然るべきなのだ。日本はIMFへの出資比率6%に対して職員数は(専門職以上)2%である。同氏は日本からもっと人が出るべきだと強調している。
 現在日本人がトップを勤める国際機関はアジア開銀と国際原子力機関のみ。国際機関で働く日本人の数は、増えつつあるが残念ながら非常に少ない。国連では1995年の404人が
2007年現在で676人に増えたに過ぎない。この66年間、国際紛争での殺傷(後方支援という脛の傷はあるが)に手を汚していない平和国家で、経済大国でもある我が国は、世界のために国際機関で貢献する資格が十分にあることに、異論を唱える人はいないであろう。なのに、嘆かわしい現状だ。
 国際機関で活躍するには、国の後押しもさることながら、個人の資質がものを言う。我が国に人材が少ない、仕事をこなす能力を持つ人が少ない、とは思わない。むしろ潜在的には資格者は十分にいる筈だ。国際的に活躍する人の数が少ないのは、国際的に揉まれる経験のある人が少ない事に原因があると私は思う。最近の日本人の縮こまり志向、精神的閉鎖状態は、この短所を克服する上で非常にマイナスである。明石康氏や、緒方貞子氏は官僚出身ではない。海外留学の経験を持ち、広い視野と人間関係を築いたことが、海外で仕事をする動力になったと思う。
 

イタリアとの比較

 投稿者:修理之輔メール  投稿日:2011年 5月 5日(木)22時29分51秒
  管理者宛メールで投稿がありましたのでお許しを得て紹介します。筆者は山田八峰さん。
―――――――
「日本と世界の電力事情」時期を得たリポートでした。地震の後、イタリア人のマルコから興味深い話を聞きました。1950年代から原子力発電に取組んだイタリアは、1987年に国民投票によって廃止が決定、全基閉鎖&廃棄中。イタリアは地形的と、エネルギー資源が国内に少ないと言う点で、わが国と似ている。では如何にして電力を確保しているか?
イタリアのエネルギー自給率は2002年15.4% 水力・火力・地熱・・原子力の穴は
フランス・スイスから送電を受けている。ナイジェリアとのパイプラインによる天然ガス、そしてイタリア電力公社は隣国のスロヴェニアの原子力発電に多額の投資をしている。この発想は日本では可能だろうか?ヨーロッパでは王侯・貴族の交流が盛んだが、わが国と中国・朝鮮では事情が違う?ロシヤからのパイプライン・ロシヤでの原発開発・・ 政策的な不安・国防問題と難点が多いですね。
水力の限界、風力には台風という敵があるし、太陽光?耐用15年では個人負担過大、天然ガスに頼るのでしょうか?
原発廃絶なら国民投票が良いと思います。政治家は口先だけでものを言わないで欲しい。
まずは節電。役所・郵便局・オフィスは暑くても寒いくらい、駅もデパートも明るすぎる。其処ら中の自動販売機、くだらない内容のテレビ。局の輪番制か時間帯制限をするべき、いやむしろラジオがいいですね。
私がサンレモでホームステイした上流階級の奥さんが、私が寝室の電気をつけたまま食堂に行くと「電気!」と声を上げて罰金のコインを入れさせられたのを今になってそうだったんだと思い出されます。ヨーロッパでは廊下を通り過ぎると電気が消え、トイレでしゃがんで瞑想にふけっていると電気が消えて真っ暗になり、手探りで警報を押してしまった事がありました。いずれにせよ、イタリア同様高い電力料金は止む終えなくなるでしょうね。以上

 

4月号月報について

 投稿者:修理之輔メール  投稿日:2011年 5月 1日(日)22時20分14秒
  (管理者にメールで送って来られた感想をお許しを得て転載します)
1、各発電源別の電力コストの記載が欲しかった。いまアンチ原発ムードが高まっていますが、原電コストが他の火力や自然エネ等に比べ、一番安いことは一般に知られていない。今後、原電が減少化の傾向は否めないが、コスト的には、大幅なアップ(電気料金の値上げまた産業の国際的弱体化)となろう。
2、今回は、再生エネ(地熱・太陽光・風力・水力等)の詳細に触れていませんが、いずれかの機会に、これら再生可能エネの貢献度(比率)コストなど一般の人に知らせれば、過大期待もなくなるでしょう。
3、今後の電力革新技術に見落とせないもの・・送電網・蓄電器・スマートグリッド等があり、これらの活用如何で電力供給上に大きな影響が出ます。
4、電力需要サイドの問題:供給力のダウンは避けられないが、とくに夏場対策(需要の約40%を占める家庭の節電)をどう考えていくか。以上につき、今後の論点としてディスカスしたい。(練馬・未来老人)
 ものです。
 

「想定外」について

 投稿者:修理之輔メール  投稿日:2011年 4月27日(水)10時56分42秒
  (管理者の元へ参りました「あまちゃん」からのメールをご紹介します)
4月号落手しました。いつも研究心旺盛な姿勢に敬服しています。さて、このたびの震災には重要な課題が生じたと思います。その最たるものが「原発」かと。世界と日本の電気事情はよく理解できました。原発の依存度が日本が高いということもよくわかります。それだけエネルギー源を自然エネルギーに求める努力がますます高くなったと考えます。提示された地熱発電や風力、水力などによる発電の研究開発を積極的に進めて行かなくてはならない状況にあるかと思います。
話は変わりますが、東電やその他の人がよく「想定外だった」という言っていますが、どこまでを想定したか、その線引きが問題だと追及したい気持ちがあります。貞観(869年)地震、明治29年大津波、昭和8年大津波、昭和35年チリ地震津波など、これまで大きな災害を被りながら福島原発を造る際にこれらをどこまで想定の中に入れたか、その責任は重いと考えます。「そこまではいかないでしょう」とか、「そんなことは滅多に起こるものではない」と油断しているのです。そして「原発は安全だ」を繰り返して周囲をだまし続けた東電と国(原子力安全委員会など)の罪を当事者はどう受け止めているのか。大いに反省し、エネルギー政策全体を見直すべきと思います。
同時に、われわれの日常生活も見直す機会にすべきと考えます。たくさんのエネルギーを消費して過ごす生活から、新しい文明を創るきっかけとしなければと、哲学者の梅原猛氏が述べています(東洋経済‘11.4.23号)。考えさせられます。完
 

日本の原発推進政策

 投稿者:修理之輔メール  投稿日:2011年 4月27日(水)10時49分18秒
  (管理者へ「tsunesan」から来たメールでをご紹介します)
主要国の電力事情に関する記事、興味深く読ませていただきました。
私は、これまで資源小国日本の原発推進政策に賛成でしたが、今度の福島原発の致命的トラブルを見て、原発問題を再考させられました。もとより、原発のコストは安いという推進派の説には疑問を感じていました。広範な被害を及ぼす大事故(想定外?)への対処のためのコスト、放射性廃棄物の最終処理コスト(方法さえ確定していません)、廃炉のためのコスト、等に関する見積もりが明確ではありません。それらを考慮すれば原発電源のコストは相当高いものになるのではないでしょうか。
 しかし放射能さえ完全に閉じ込めれれれば、原発は理想的なエネルギー。ただ人類の技術はまだそこに至っていないのが実情なのでしょう。ドイツは地震に無縁の国ですが、原子力への依存には根強い反対があり、これまでも政策は右に左に揺れ動きました。福島原発の事故は同国の原発依存策を根本的に変える切っ掛けとなりそうです。同国は太陽光発電に力を入れるなど、時代を先取りしています。8割を原発に依存するフランスはどうなのでしうか。同国には核アレルギーが無いそうです、さすがにサルコジ氏も慌てて日本にやっていきました。国民に反核運動が芽生えるのを心配しているのでしょう。世論を動かすような同国の事故を聞いたことがありませんが、何か隠してことは無いのでしょうか。
 我が国はどのような政策をとるべきか。電源の1/4を占める原発をいきなり止めるわけにはゆかないでしょう。稼働中、休止中の原発は徹底的な安全性チェック、必要な補強工事、住民の理解を得たうえで寿命が来るまで、あるいは代替電源が実現するまで、稼働を認められるべきと考ます。建設中ないし計画中の原発をどうするか。それこそ英知を集めて決めるべきでしょう。
 日本には地熱だけで400万kwの潜在的発電能力があるそうですが、他にも風力、水力、そして太陽光等、集めれば大きな力になるものがふんだんにあります。効率よく電源にする技術、仕組みを作りだし、原子力、炭化水素への依存度を最小限にしぼりたいですね。国民の総力を挙げれば不可能なことはないと思います。
 拙宅を6年前に建て替えたのを機に、太陽光発電とオール電化を導入しました。建築会社を競わせた結果、切妻屋根の南北両面を(片側だけの設置価格で)太陽光パネルで覆う案を提示したM社に依頼しました。普通、住宅用太陽光発電能力は3~5kwですが、我が家は8kw。売電(昼間)、買電(夜間)の差額収益が昨年度19 万円ありました。建て替え前の光熱費(電気、ガス、暖房用灯油)が30万円/年程度でしたから、年50万円近い利益があったことになります。設置費用が400万円、償却に8年かかります。尤も、新築当時、国は太陽光発電推進への意欲を失い、補助制度を止めていましたので、元をとるには15~20年くらいかかる見込みでした。今では公費の補助があり、電力会社の買い取り価格も大幅に上昇したので、設置しやすくなりましたが、前残念ながら新築家屋で太陽光発電を新設する例は未だ多くありません。
 数年前ドイツの酪農家が、大規模な牧舎の太陽光発電パネルを紹介しながら、5年で元が取れると言っていたのから想像するに、同国は自然エネルギーへの力の入れ方が違います。日本ではこのような思い切った政策をとるのは、難しいでしょうか。合意を重んじるのは良いことなのですが、良い政策を進める上での障害にもなります。終り
 

木造建築と日本

 投稿者:修理之輔メール  投稿日:2011年 2月28日(月)17時29分38秒
  (フィリピン在住の「keiJO」さんから管理者宛の感想文を頂きましたので筆者の許可を得て転載します)

2月の月報は個人的に非常に興味あるテーマです。昔、西岡常一棟梁の遺言を読んだことがあり、すごい宮大工がいるものだ、と感心、幸田露伴の五重塔に描かれたのっそり十兵衛と重ね合わせたものです。以下落書楽書します。
(1)1993年法隆寺は姫路城と並んで世界文化遺産に指定、制度発足以来日本で初。法隆寺が現存世界最古の木造建築、後者は日本城郭建築の最高峰。飛鳥と江戸、近代に至る前の日本文化の初めと終わりの傑作がまず叙勲。双方に共通する建材は檜である。ヒノキは日本の最高木材、明日檜、桧舞台、檜肌葺きなど秀逸を著す表現もある。
(2)世界最大の木製家具製造販売会社IKEAはスウェーデンが発祥。そのロゴはスウェーデンカラー、その製品からも北欧人の木への愛着が伝わってきます。組み立て式、持運びの便宜を考えて設計したという。枠組み壁工法・ツーバイフォーと共通する発想か。ここで気付いたのですが、欧米人は住宅と住生活を非常に重視します。例外なく広く、良い家具が置かれ屋内で快適に過ごせるように工夫されています。冬に備えた北欧文化が南方にも定着した。「家居は夏を宗とすべし」の発想とはかなり異なります。日本がマッチ箱から抜け出せれば、巨大な需要が発生、GNP成長に大貢献するはずです。
(3)当地の住宅は貧民が住む椰子葺き小屋を除けばほとんど石造りです。理由は手入れが簡単、材料と維持費が安い。当地産の大理石も使われましたが、今はコンクリートブロックと合成タイルが主流です。その中で我が家は多分プエルトガレラ最大の木造家屋、ロフト構造、300㎡、築30年、本格的な木造建築の最後です。肌触り、床の感触を満喫しています。しかし南方ではシロアリが大敵です。駆除塗料を頻繁に塗り、虫食いの激しい部分は交換・補強する。支柱の土台を守る工夫もする。熟練のケアテイカーが必要です。フィリピンでも樹木伐採原則全面禁止の動きがあり、木材は入手難、材木商はマレーシア等からラワン材を輸入しています。
(4)プエルトガレラにある大富豪(外国人)の別荘・リゾ-トは堅い木材、鉄筋、大理石を巧みに組み合わせ贅を尽くした建築です。基本形は寝殿、数寄屋造り、など明らかに日本の伝統木造建築です。その1例。日本の旧三井・三菱財閥に匹敵するアヤラ財閥総帥の海の別荘。平屋建て、母屋と離れを廊下で繋ぐ。屋根の外見は大社造り風茅葺き(cogon)、しかしその下はさらに銅葺きという。砂、石、竹を取り込んだ坪庭もあるという。これぞ南方の和風住居の白眉、最高の贅沢といえます。彼はジャポニカの大ファンだそうです。京都・奈良あたりに何度も遊んだことでしょう。残念ながらまだ中に入ったことはありません。日本の伝統建築技術は料理、茶道、花道などとともにすでに世界に浸透しているようです。
(5)当地には地産のマホガニーがあります。南方の風土はヒトと多彩な木材を早熟させます。 鉄より硬いヨット材のMolave (Tagalog,学名はVitex Perviflora Juss), 国木Narra, などに伍してマホガニーがよく育ちます。我が推測では、英国人が北方系の白樫の跡継ぎとして眼をつけたのがこの赤茶色の木です。4-5年で成熟、15年で直径30cm、樹高20m、垂直に成長します。家具や建築材に最適です。毎年秋に長さ約15cmの紡錘形の実が熟します。乾季に入り、外皮が割れ、中の種子がクルクルと竹とんぼのように風に舞って拡散する。1つの果実に60種が内蔵されています。
(6)娘が誕生した1999年に10本ほど苗を植えました。4年後第2世代の苗を300本余り植え、今は種子の収集、種まき、苗の生育、枝打、間伐などをお手伝いさんと楽しんでおります。昨年と今年各々1000本の苗木を育てました。寄贈先を募ったが、町も地元の地主も原住民もあまり熱が入りません。よく聞いてみると、収穫まで15-20年も待てない、目先の収入が第1という後進国、とくにフィリピン気質が原因と分かりました。日本の植林3代などとんでもない話です。
(7) そこで、夢は外国人用マホガニー森林パークを作ることです。10-50ヘクタールの椰子園をマホガニー他有用建材樹木・果樹の森に替える。IKEAや住友林業のような家具、木材会社を誘致、半製品まで現地生産して輸出する。森林に小径を切り、チップを敷き、自然観賞、森林浴、散策、ジョグ、クロカン、木工教室や採算の範囲で様々な施設も作れる。一口乗りませんか。
(8)夢物語第2話です。高知の山郷で、日本女性と結婚したフィリピン人が雇われて木材伐採をしています。菅内閣では実現が怪しいが、平成の開国を推進し、TPP加盟を実現する。休耕田や荒れた林野の再生に後進国の助っ人を先ず季節労働者として雇用できないでしょうか。休耕田産米は例えば「アジア国際コメ備蓄機構」を設立、地域のコメ需給安定に役立てる。内向き、俯きニッポンで最も保守・鎖国の農林業再生の1策です。以上
2011.2.27
 

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