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民主主義は西洋版易姓革命

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2016年 3月21日(月)13時01分19秒
返信・引用
  その王朝が天運に恵まれれば興隆し、
徳をなくせば滅亡する。また徳をなくした
王朝は打倒するべき、されて当然というのが易姓革命。

その考えに政治体制が違うも
のの発想が似ているのが民主主義。

世論の支持を得られてば、政権を担うことができ、
世論の支持を失えば、野党に転落する。

物事の捉え方は千差万別だが、薩摩と長州が作り上げた
近代日本は、君主制・国体を否定はしないものの、
ある種の易姓革命を政治の変革に取りいれたものといえよう。

明治維新から約150年ほどたつが、日本の世情の混乱ぶり。
近代化は支持しているが、政治体制は果たして正しかったのか?
徳川幕府260年の安定と見比べると、人心の乱れ、思想の乱れ、
甚だしい限りである。

無知な民衆に権利を与えると、舛添や共産党、民主党、社会党、
公明党といった反日政党、創価学会、オウム、統一教会といった、
カルト団体に政治を壟断される状況が生まれる。
反民族的な政治家や集団の存在を自由の名のもとに許すという
愚かな事態を放置している。

今日の日本の基礎を作りあげた、
徳川幕府の封建主義も評価されるべきである
 
 

face book

 投稿者:安東 壯文  投稿日:2016年 3月16日(水)05時53分2秒
返信・引用
  face book にも多くの情報が提供されています。

石川久遠さんが発信する平成の松下村塾と言うべき「久遠塾」の情報を転載しています。

ご覧下さい。

http://blogs.yahoo.co.jp/takafumi_andow/folder/1593789.html

 

日韓併合の真実

 投稿者:安東 壯文  投稿日:2016年 3月11日(金)20時16分32秒
返信・引用
  《「日韓併合」に纏わる歴史的真実。これを日韓双方がきちんと教育していない。韓国に望みは無いが、せめて日本は史実教育を取り戻すべきである。》

韓国政府・在日・日本の反日左翼は「日韓併合」の歴史を歪曲して、日本が武力を背景に朝鮮を植民地化したと言うが、その理屈は既に破綻している。数々の歴史的証拠が日本の行為の正当性を証明している。在日・日本の反日左翼に支配された日本の教育界は日本の子供に嘘を教えるのを即刻やめるべきだ。

韓国併合反対派であった伊藤博文がハルビン駅で暗殺された約2箇月後に大韓帝国より次の声明書が出された。1909年(明治42年)12月、大韓帝国 最大の親日団体「一進会」(イルフンチェ)が大韓帝国 皇帝純宗、韓国統監 曾禰荒助、首相李完用に送った、大韓帝国と日本の対等合併を要望する声明書である。大韓帝国側が出した声明書であるから当時の状況を正確に表している。

『日本は日清戦争で莫大な費用と多数の人命を費やし韓国を独立させてくれた。また日露戦争では日本の損害は甲午の二十倍を出しながらも、韓国がロシアの口に飲み込まれる肉になるのを助け、東洋全体の平和を維持した。韓国はこれに感謝もせず、あちこちの国に縋り、外交権が奪われ、保護条約に至ったのは、我々が招いたのである。第三次日韓協約(丁未条約)、ハーグ密使事件も我々が招いたのである。今後どのような危険が訪れるかも分からないが、これも我々が招いた事である。我が国の皇帝陛下と日本国 天皇陛下に懇願し、朝鮮人も日本人と同じ一等国民の待遇を享受して、政府と社会を発展させようではないか。』

この「声明書」の説明を韓国はできるのだろうか? 日本を絶対悪として、いつまでも被害者の立場に安住したい韓国政府は、国内でこの「声明書」の存在は封殺しているに決まっている。

伊藤博文の暗殺者とされる安重根は現代の韓国では大変な英雄として崇め祀られている。安重根はテロリストであるのに、韓国では「切手」や「紙幣」になったり「潜水艦に命名」されたりしている。「韓国併合反対派」である伊藤博文を殺害した者は「併合賛成派」という事になる。日韓併合は日帝の強制だ、植民地搾取だ、と騒いでいる韓国が、「併合反対派」の伊藤博文を暗殺した安重根を讃えるとは矛盾していないか?

当時、朝鮮半島は幾度と無く支那から侵略されている無力な国家であった。日本の援助無しに独立も、文明開花もあり得なかった。日本の日清戦争に於ける勝利なくして、朝鮮の独立はあり得なかった。支那の脅威と共にロシアの潜在的脅威も大きく、日本が日露戦争に勝利した事で、大韓帝国側の併合願望はいよいよ高まった。

嘗て、石原慎太郎氏は「(日本は)決して武力で侵犯したんじゃない。寧ろ朝鮮半島が分裂して纏まらないから、彼らの総意で、ロシアを選ぶか、支那を選ぶか、日本にするかという事で、近代化の著しい同じ顔色をした日本人の手助けを得ようという事で 、世界中の国が合意した中で合併が行われた。」と述べた事がある。

親日家であったと言われる朴正煕元大統領は、反日言動に走る側近を窘(たしな)めて、こう述べたと言われている。

『併し、あの時、我々は自分たちで選択したんだ。日本が侵略したんじゃない。私たちの先祖が選択した。もし清国を選んでいたら、清はすぐ滅びて、もっと大きな混乱が朝鮮半島に起こったろう。もしロシアを選んでいたら、ロシアはそのあと倒れて半島全体が共産主義国家になっていた。そしたら北も南も完全に共産化された半島になっていた。日本を選んだという事は BESTとは言わないけど、仕方なしに選ばざるを得なかったならば、Second Bestとして私は評価もしている』

私は、朴正煕元大統領が親日家だったと言うのは疑わしいと思っている。反日教育が徹底されたのは、就学率が7割に満たない李承晩 初代大統領の時代では無く、就学率が上がった朴正煕氏の時代であるからだ。朴正煕氏は日本を恐喝し、巨額資金を得て就学率を向上させて、李承晩氏の時代より更に反日教育を徹底させた。これは親日家との評価と矛盾する。上述した言動は事実であろうが、日本から日韓基本条約締結後も更なる追加支援を得たいが為の日本向けのアピールであろう。

日韓併合前の韓国は1200年以上に亘り歴代支那帝国の属国であり、李氏朝鮮では両斑たちが朝鮮民衆を暴力で支配する地獄だった。李氏朝鮮は希望無き階級社会で、国民の3割が奴婢・白丁と呼ばれる奴隷であった。この明日無き社会から脱却する為に、日韓併合のずっと以前から日韓双方で日韓併合の是非が議論されていた。日本側にも賛成派と反対派が居たし、同じように韓国側にも賛成派と反対派が居たと言うのが真実である。

日本側に於いては、陸奥宗光、曾禰荒助、竹越興三郎などは明確に反対していたし、伊藤博文も消極的だった事は有名で、井上馨や原敬も伊藤と同じ考えだった。一方、長州閥の桂太郎、山縣有朋、寺内正毅などは、併合推進派だった。

韓国側に於いても、賛成派と反対派 双方が居た。李容九や宋秉畯などが率いる文明開化派の最大政治組織「一進会」が強く併合を推進したのは有名な事実であるし、総理大臣の李完用を始めとする閣僚の約半数が「推進~容認派」であった。一方、それまで朝鮮民衆に塗炭の苦しみを与え、私利私欲を貪っていた皇帝高宗や両班や儒者たち特権を奪われると危惧する階級の者は当然の事ながら併合には反対していた。

1907年(明治40年)のハーグ密使事件後、日本国内には「我が国上下與論 沸然として鼎(かなえ)の湧くが如く、或いは新聞に、演説に併合を論じ、合邦を説くこと盛なり」といった日韓併合・合邦論が急速に台頭してきた。

また、樽井藤吉(1849~1922年)の『大東合邦論』の「日韓併合によって新合邦国家『大東国』を建設し、次に大東国と清国が合邦して南方植民地(東南アジア地域)を解放し、『大東亜連邦』を実現する」と言った構想が内外に影響を及ぼし、遂には韓国国内にも「日韓併合」論が公然と主張されだした。

1909年(明治42年)に日本で併合が閣議決定したものの、併合の時期について、曾禰荒助は「就任時 伊藤、桂と三者会談にて、5~6年様子を見て」と合意していた。

ところが、その後1年以内に韓国側の方で大きな変化があった。本音を隠したままの日本側に対し、先ず合邦を打診してきたのは大韓帝国側であった。総理大臣の李完用の側近である、新小説『血の涙』で知られる李人稙が密使として動いたのである。

また、一進会は1909年12月4日、「韓日合邦を要求する声明書」を作成し、上奏文と請願書をそれぞれ李完用総理、皇帝純宗、曾禰荒助統監に提出した。

併し、日本側の併合反対派であった曾禰荒助統監は、この合邦案を時期尚早との理由で却下すると共に、新聞社、通信社に働きかけ、反対の論調をとらせた。それでも、大韓帝国側の併合推進派である「一進会」は上奏書を却下されてもまた提出し、これを繰り返すこと4回目に桂首相の指示により遂に受け取られた。

但し、明治天皇の意向もあり、曾禰荒助の更迭はならず、従って併合の正式決定は成らなかった。その間、韓国では次第に併合に賛成する者が増え、「西北学会」も賛成に転じ、「大韓協会」も賛成派と反対派に分裂する事となった。

1910年(明治43年)3月末に至るも曾禰に辞職の意思無く、このまま放置もままならないので、遂に寺内を後任に内定し、寺内を病気見舞いに行かせ、因果を含め辞表を出させる事になった。曾禰が辞表を出したのは5月30日で、直ちに後任には寺内が任命された。寺内は、日本国内での意見調整、列強各国に併合についての合意を取りつけ、同年7月15日に漸く東京を発ち、7月23日ソウル入りした。

ソウルに入ったものの寺内は黙ったまま何ら方針を示さず、半月余りが経った、8月16日、李完用首相は日本の水害見舞いと称し、趙農相を伴い、寺内の居る統監邸を訪れた。ここで持たれた山県副統監を交えた会談は3時間に及び、若干の修正をした後、日韓併合は合意に達した。

この結果に基づき李完用首相は8月18日に閣議を開いたが纏まらず、8月21日李完用が皇帝に内奏し、皇帝の了承を取り付けた。これにより1910年8月22日の大韓帝国の御前会議に於いて大韓帝国は正式に日韓併合を決定した。

これが「日韓併合」の真実である。史実であるから数々の歴史的証拠が在る。戦後71年が経つ。日本はいい加減、偏向教育など止めて〈在日・反日左翼〉たちに都合が悪かろうとも、未来の担い手たる子供たちに正確な近現代史を教育するべきではないか? これは政治家の責務であり、政治家に責務を果たす事を期待するなら、国民がこの国の行く末に責任を持つ事である。国民一人ひとりが、自覚を持って政治参加する事でしか、日本に明るい未来は来ない。

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??日本から見た韓国併合
http://ccce.web.fc2.com/kankoku_heigou1.htm
 

保導連盟事件 自国民の大虐殺

 投稿者:安東 壯文  投稿日:2016年 3月 9日(水)03時43分33秒
返信・引用
  保導連盟事件(ほどうれんめいじけん)とは、1950年6月25日の朝鮮戦争勃発を受けて、李承晩大統領の命令によって韓国国軍や韓国警察が共産主義からの転向者やその家族を再教育するための統制組織「国民保導連盟」の加盟者や収監中の政治犯や民間人などを大量虐殺した事件。被害者は少なくとも20万人から120万人とする主張もある。
韓国では近年まで事件に触れることもタブー視されており、「虐殺は共産主義者によっておこなわれた」としていた。


https://www.youtube.com/watch?v=ozThuE3VdS8

https://www.youtube.com/watch?v=ozThuE3VdS8

 

安重根の真実

 投稿者:安東 壯文  投稿日:2016年 3月 6日(日)00時33分59秒
返信・引用
  平成の松下村塾と言うべき「久遠塾」で本日も学びます。
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《 「歴史を直視せよ」と言う韓国人は、歴史を識らな過ぎる民族だ。》

韓国では、安重根は英雄視されている。1909年(明治42年)10月26日、日本の初代内閣総理大臣にして初代韓国統監である伊藤博文は、支那のハルビン駅でテロリスト安重根に暗殺されたという事になっている。

韓国では建国以来「反日」が国是なので、日本の重要人物を暗殺した安重根は英雄と崇め奉られている。他に英雄らしい人物が居ないからテロリストでも日本人を暗殺したから英雄なのだろう。日本人はお花畑の住人以外は、彼の事を「反日思想のテロリスト」であると理解している。

倫理的に見ても、暗殺行為はテロ行為だと断じる事ができる。併し、「安重根はテロリストである」という客観的事実を韓国人が受け容れる事は永遠に無いだろう。今の韓国人には、例え大嫌いな日本人であろうと「暗殺は悪い事だ」という自明な事を理解する知恵が無い。国民に倫理観が無いから政府にも倫理的行為を期待できない。韓国政府はテロリスト安重根を切手にしたり、紙幣にしたり、潜水艦に命名したりして恥じもしない。反日自家中毒に侵されていて国家が善悪の判断ができなくなっている。哀れな国である。

併し、少し調べてみれば、皮肉な事に安重根は反日思想の持ち主ではない事が分かる。彼は平和を望んだクリスチャンであり、大日本帝國や明治天皇に敬意と感謝の念を持っていた。安重根を「反日の象徴」として捉えている韓国人は、民族的特質として史実を調べようとしない。史実などどうでも良いのだ。

例えば、安重根は暗殺事件の裁判で、日本が大韓帝国の皇太子 李垠(イ・ウン)の教育に尽力した事に触れ、大韓帝国国民が感謝していると述べている。日清・日露戦争を通じて、日本が朝鮮半島を含む東洋の平和を護った事も評価している。明治天皇が大韓帝国の独立を図り、平和の維持に努めた事も理解している。安重根は韓国人が忌み嫌う親日家であったのである。

暗殺の動機は、安重根が伊藤博文の事を「明治天皇のご意向に反した政策を朝鮮半島で行なう逆臣」と思い込んだ点にある。併し現実には、伊藤博文こそ李垠を日本に招いて教育を施した張本人で、然も日韓併合反対派の中心人物だった。

列車内でロシア人ココツェフの挨拶を受けた後、駅ホームでロシア兵の閲兵をしていた伊藤博文に、群衆を装って近づいた安重根の放った銃弾3発が命中したとされ、伊藤は約30分後に絶命した。3発の銃弾を受けた後、伊藤は犯人が朝鮮人であると聞くと「バカな奴だ」と呟いたという。日韓併合に反対であるならば、伊藤博文暗殺は大きな過ちであった事になる。

併し、安重根は伊藤博文の真の暗殺者を隠す為の存在に過ぎず、真犯人はロシア側に居たと考える方が妥当な証拠が残されている。取り調べによると、安重根は兵列の影に隠れる様に「しゃがんで」撃ったと自白している。ところが伊藤の身体に残された弾痕は右上から左下へと通っていた。証拠は駅の二階の食堂からフランス騎兵銃で撃たれた事を示している。そこは格子になっていて斜め下に狙うには絶好の場所であった。

安重根が伊藤暗殺に使用したとされるブローニング拳銃はベルギーのFN社製のもので、拳銃の製造番号(262336)から、1906年9月8日に「クンフト社」に販売されたものである事が解っている。併し、伊藤の随行員だった室田義文は『室田義文翁譚』に伊藤の体内から摘出された銃弾は安重根が使用したブローニングの七連発拳銃のものではなく、フランス騎馬銃のものだったと記している。

〈史実を重んじず、歴史を識ろうとしない韓国人〉は、〈伊藤博文 暗殺を成功させる為に「捨て駒」にされた安重根を有り難がって、民族的英雄に祀り上げている〉のだ。何と安っぽい、如何にも朝鮮民族らしい英雄であろうか。愚かの一語に尽きる。

日韓併合で朝鮮半島は日本の一部となり、朝鮮人は日本国籍となった。大日本帝國は国家の威信にかけて、朝鮮半島の衛生改善やインフラ整備、産業育成、教育レベル引き上げに取り組んだ。朝鮮民族の独自性も尊重し、埋もれていたハングルを見出し、体系化して、文盲の朝鮮人に普及させた。

韓国人はハングルこそ、世界で最も優れた文字であると誇らしげに語る。併し、実はハングルは朝鮮民族の誇りでも何でもない。韓国人は妄想癖が強く、よく韓国半万年の歴史などと虚偽を主張するが、朝鮮半島最古の歴史書は1145年のものである。然もハングル文字では無く、漢字で書かれたものだ。

ハングル文字は15世紀に朝鮮半島からモンゴル人が引き揚げた時に残して行った表音文字、パスパ文字を真似てつくられた。併し、漢字を使う両班階級からハングル文字など子供の文字と軽んじられ、庶民が学ぶ学校も塾も皆無であった為に、20世紀初頭まで埋もれていた。一度、1876年「日朝修好条規」締結の為に朝鮮を訪れた日本の学者によって発見され「こんなに便利な表音文字を使わないのは勿体無い」と朝鮮人に教えたという記録が残っている。

併し、1910年(明治43年)の日韓併合時には、またもハングルは埋もれ忘れ去られていた。日韓併合時の識字率が僅か4%であった事は良く知られている。併しそれは4%の両班が漢字を読み書きできただけで、4%の庶民がハングル文字を扱えた訳では無い。庶民は100%無学文盲であった。日本人がハングルを再々発見して、研究し、体系化して日本国民となった朝鮮の庶民に教育したのである。日本人は朝鮮人の識字率を35年の併合期間で0%から64%まで引き上げた。日帝が文字を奪ったなどとの言い掛かりは的外れも甚だしい。

因みに、日本には日本伝統の「和紙」づくりがあるが、韓国にも「韓紙」の伝統があるという。仏パリでは絵画修復に100%和紙が使われているが、最近「韓紙」の売り込みが激しいという。「和紙に一方向の目は無いが、韓紙にはそれがあり、絵画修復には和紙より韓紙が適している」と言う触れ込みだとか。100%文盲の民の国に紙漉きの伝統などある訳が無い。日本の和紙づくりを現代風に剽窃して「韓国伝統の韓紙」なるものが生まれたのだろう。朝鮮民族とはこういう嘘を平気で押し通す。フランス人が騙されないと良いのだが…

反日でも侮日でも一向に構わないが、韓国人は自国の歴史を識らな過ぎるし、嘘が多過ぎる。安重根 然り、ハングル文字 然り、韓紙の伝統 然りである。結局、安重根による伊藤暗殺が日韓併合時期を早め、朝鮮半島の近代化を加速させた。真実はともかく歴史を表層的に見れば、皮肉にも安重根は間違いなく大韓帝国を救った英雄となる。韓国に於いて「歴史」や「真実」ほど軽いものは無いという事だ。

安重根は何者かに嘘の情報を吹き込まれ、それを頑なに信じて、祖国の大恩人を暗殺する過ちに加担した愚か者であった。テロリストを切手や紙幣に用い、その名を潜水艦に命名するのは結構だが、少しでも歴史を調べてからにした方が良さそうだ。韓国人は、日本に「歴史を直視しろ」と言う前に、自らの歴史を真面に学んでいただきたいものだ。妄想・捏造による虚偽の反日工作は鬱陶しい事この上無い。
 

紀元節

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2016年 2月15日(月)18時57分8秒
返信・引用
  明治神宮にて式典に参加。
お昼時で、奉祝パレードの御神輿なども
にぎにぎしく、実に心躍る光景。

天気も晴れて、気温もあたたかであった。
大御心のおみくじと、新しいお守りを購入。

紀元節を祝うにふさわしい良い日でありました。
ただ残念なのは、帰り際に右翼団体の街宣車を
原宿の駅付近で見かけたこと。

そしてこの晴れやかな式典が、日本政府主催で
依然として執り行われていないこと。
数多くの人々が明治神宮に集まっていた光景を
思えば、政府主催とするべしと強く感じた
 

蓮池透に見る人助けの難しさ

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2016年 2月11日(木)19時25分31秒
返信・引用
  安倍総理も苦難が続く。

拉致被害者で、蓮池薫の兄である蓮池透が
何を血迷ったのか、安倍総理と中山恭子女史を
執筆した本で批判し、北朝鮮の走狗と化している。

近年は反日左翼勢力と懇意にしてるが、社民党(旧社会党)
や偽善平和集団は、自分たちが助けを求めた
時は冷血にも見殺しの状態ではなかったか?

いわゆるタカ派政治家たちが、拉致被害者の声に耳を傾けたのだ。
自身の御子息が自殺した『西村慎吾議員』。
彼に対して、お礼の一言も言わないのか?
ハマコーが、国や政府に感謝の態度が無いと、
生前批判していたがそれは蓮池透のことだろうか?

北朝鮮の主張通り、日本政府は
『侵略したことを謝罪せよ』と、北朝鮮スポークスマンの蓮池。

ならば、拉致被害者5人が帰国した時、北朝鮮はいったん北に
戻せと述べていたと覚えているが、それこそ『蓮池薫さんだけ』
北朝鮮に帰国させてはいかがだろうか?

北朝鮮が約束を破ったなどと、日本政府を批判して
いるのだから将軍様のおっしゃる通り、蓮池氏の言う通り、
北の言いうままに弟さんを北に送り返したらどうか?

蓮池透の言動は、まさに拉致解決のために尽力してきた
小泉総理をはじめとする日本政府、多くの支援者の
皆様の努力を御破算にする姿勢である。

なるほど、気に入らないが野中広務の冷淡な態度が正しかったか。
なるほど、気に入らないが加藤絋一の意見をとりいれるべきであった。
なるほど、社民党や左翼連中のように拉致問題がないことにすればよかった。

蓮池透を見ていて感じるのは、やはり人助け
というのは、自国民であっても慎重でなければいけない。

『愛民は煩わさるべきなり』
民衆がかわいいといって、親身になり
目線を同じ位置にすると、図々しく調子に乗る。

『大恩は報ぜず』
小さなことは感謝するが、昭和天皇や安倍総理のように
無視されてきた声を聞く姿勢を見せると、戦争責任だの
政治利用だの、不平不満を持ち、ありがたみを失う。

多少、勿体着けて、相手を困惑させ、焦らせ、ありがたみを
存分に理解させるように民衆をコントロールしなければいけない。
人助けをして返って、逆恨みを買う。

ところで蓮池透の面相が最近半島人に見えてきたのは気のせいか?
 

移民を推進する自民党と開国

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2015年12月27日(日)17時45分52秒
返信・引用
  それは日本経済のため、人口減少のため、労働力確保のため・・・
だがそれを実際に行い、その時わが国はどうなるのだろうか?

自民党に移民推進3人組があり、中川秀直、河野太郎、石破茂。
引退はしたが石原慎太郎、それなりの有力議員たちである。

自民には様々な意見があるのは承知だが、仮にも保守政党を標榜する
政党内において、日本民族を分断するがごとき政策を立案するとは
面妖至極なり。第一次安倍内閣のときは『1000万移民』を打ち出し、
短期間に内閣は崩壊したが、中川秀直は安倍総理の盟友であった。

移民を受け入れるのは一体どこの国の人間たちなのか??
中国人や朝鮮人というなら、わざわざ日本国内に反乱分子を
いれているようなもの。外国人参政権どころではない亡国政策である。

ここまで論じて趣旨がいきなり変わるが、ことしは徳川家康没後
400年であった。江戸時代があったからこそ近代日本、明治時代を
作り上げ、短期間に西洋の知識や技術を身に着けることができた。

徳川幕府が幕末時にも強大な力と組織が健全に運営できていれば
何の問題もなかっただろう。朝廷も解体せずに済んだ。
無論この間、日本国内に不逞外国人が大量に移住して
来ることもなかったし、うち払ってきた

ふと思うに、明治維新はやはり日本解体の悪影響が強いのではないか?
古の朝廷を解体し、明治政府の一部とし、畏れ多くも天子様を
最高権威者から最高権力者にしたのは間違いではなかっただろうか?

併合するつもりはなかったにせよ、キムチ半島やキムチ人を日本人として
取り扱ったのは今日まで続く、日本の建国史以来の最大の失策。
民主主義と自由、四民平等をしたはいいが、民主国家の悪い
部分だけが目立つようになった。

安倍総理の保守的な部分に関しては支持するが、違和感ありの時は
躊躇なく批判しなければいけない。尊皇攘夷を薩摩と長州は忘却した。
攘夷は時節にあわねど、尊皇までも忘れたのだろうか?
ある程度、明治維新も冷ややかな目で見るのもいいかもしれない。
 

間違い訂正

 投稿者:岡田国士  投稿日:2015年12月 1日(火)20時40分4秒
返信・引用
  「利権と政党助成金で金まみれの小沢一郎、鳩山邦夫といった元自民党の似非保守政治家」
・・・・小沢一郎、鳩山由紀夫ではありませんか。隣の国から嫁はんもらった。どこかで土下座してきた売国奴という奴。
 

先生に感謝

 投稿者:団塊66歳  投稿日:2015年 9月30日(水)20時40分27秒
返信・引用
  もう25年くらい前のこと、松下政経塾出身だという30代の
青年の講演を聞きに行ったことがある。松下政経塾といえば松
下電機の創業者が作った金儲けのうまい経営者を育てる塾か?
くらいの知識で臨んだが、配布された資料や青年の講演を聴く
と、塾是は、真に国家と国民を愛し、新しい人間観に基づく政
治・経営の理念を探求し人類の繁栄幸福と平和に貢献しよう。
とういう金儲けなどというレベルの話ではなかった。

私も当時40代に入り自営の事務所で地元中小個人企業を相手
に10年ほど広告業を営んでいたので売り上げ至上の広告業に
あって、それらの話に興味を覚えた。いつしか青年の主催する
講演に出入りするようになり、都庁や国会議事堂見学や茅ヶ崎
にあるという政経塾に一日体験入塾にも参加させてもらった。
入口にあった「無税国家にしよう。」という筆書きの言葉がい
までも記憶に残る。日本人は勤勉で貯蓄をする。そうしたお金
をうまく運用して無税にしようというものだ。
塾生は朝起きたら先ず館内の掃き掃除を義務づけられていると
いう。自分の足下も綺麗にできない者では国を綺麗にできない
からだという。既に松下翁は亡くなっており生前のビデオ映像
で彼の国思うこと政経塾の創設の意味を教えてもらった。
確か当時で50兆円の財政赤字で国家国益を考えない政治家を
はじめ官僚など現状の我が国を憂い新しい理念の下で国家を担
う政治家や経営者を育てるための政経塾だと知った。
横浜の市長をやった中田宏氏は当時、ゴミの中田といわれゴミ
問題に精力的に取り組んでいると塾生の意気を感じた体験であ
った。また、同席した松下翁に共感した東日本ハウス創業者、
中村功氏の話を聞く機会もあった。漁火会という日本人の心を
取り戻す運動を主催し大企業優先でなく中小企業を応援する政
治家を排出したいということだった。
中小企業を応援するというフレーズは私が広告業として独立す
る意志と通じるので以来、この漁火会と共に青年を応援するよ
うになった。旧態の利権や不正な献金を是正する為に政党助成
金といった制度や英米を真似た二大政党論などが出始めたのも、
この頃であった。
政経塾も「地域から日本を変えよう」といった運動が起こり旧
来の体制を変革するといった希望を感じた。

そうした新しい政治運動の気運が高まり日本新党ブームが起き
細川政権の誕生であった。かの青年も立候補し私も応援したが
日本新党から立候補した小沢鋭仁氏が当選。
その後も青年は若さと松下政経塾出身を掲げ新進党などから選
挙に挑んだが望みは叶わなかった。
漁火会では全国の東日本ハウスの関係者や経営者を束ね運動を
推進、渡辺昇一,田久保忠衛他、保守の知識人を招いての大会
を開催する一方で映画「プライド」『ムルデカ』等日本軍を正
しく検証した映画を製作上映。
また青年自由党という政党を立ち上げ若い政治家を立候補させ
会長自らも立ったが残念ながら認知されることはなかった。
バブルがはじけ次第に下降しはじめた経済のなかで新しい変革
の気運も削がれていく。

金が無いのは首がないのと同じだと伯父貴にいわれたことがあ
るが・・・。非核都市宣言、ふれあい、豊かな社会などといっ
た言葉を標榜するような社会にあって政治を生活や名誉の手段
とする程度の集まりでは改革のための強固な政治集団とはなら
ない。


あれから20年、私も還暦を過ぎ、半生を振り返ってみると、
比例区で念願の政治家に成ったがソ連崩壊、冷戦の終焉によっ
て共産主義、社会主義の依る術を失った左翼社会党や利権と政
党助成金で金まみれの小沢一郎、鳩山邦夫といった元自民党の
似非保守政治家が身を寄せ合う民主党が「生活第一」といった
今の日本人の堕落を突いた電通あたりの工作で民主党政権誕生。
無念にも彼もまた在野に下った。日教組のボスといわれる輿石
東を当選させてしまう我が県民性に絶望感さえ覚える。

GHQ占領政策の戦後体制を真の独立国家として検証せず経済の
み優先とされ外国勢力つまりソ連、中国共産党、北朝鮮の工作
組織、朝鮮総連等々に工作された日教組や左翼、マスコミメデ
ィアとアメリカに去勢され自民党という保守の姿をしながら利
権漁りの世襲政治家が国家観もなく、我が国を貶めてきた。
松下翁や本田宗一郎、盛田和夫などといった戦後復興の経済界
の旗手ともいわれる経済人が去りグローバル化した時代を迎え、
株主を重んじる西欧型経営者では国家国益など軽んじてしまう
のだろう。

敵は戦後一貫して我が国日本を我がモノにせんとしてきた、そ
の原動力となるのが一時30兆円ともいわれるパチンコ産業で
ある。
庶民の娯楽がギャンブルと化しオープンセレモニーや経営氏族
の結婚式など県会議員や国会議員の姿を見たが誰も変だと思わ
ない世の中にあって、日本全国至る所に大型店として進出。
平日にあっても駐車場は新車のような車列が絶えない。
都会の駅前なども開店といえば人の列が蟻のごとく続く。
日本型経営が消え非正規雇用社員、季節労働者、パートにアル
バイトといった雇用関係では致し方ないのかも知れないが、こ
れらの収益が北朝鮮やそれらに繋がる反日勢力、もっともいけ
ないのが警察組織の利権にもなって日本解体の原資になると思
うと情けなさを通り越して天を仰ぐしかない。
我が国のこれら売国奴の集大成が今の我が国の姿であると思う。

世襲政治家が跋扈するなかにあって政治家を目指す志を持った
青年を応援すべく松下翁は私財70億円をもって人類の繁栄幸
福と平和に貢献し我が日本国家の隆盛を願ったはず、その政経
塾出身の政治家がいまや38人ともいわれているが民主党には
28名もいる。地方自治体首長や地方議員を含めると、政経塾
出身の政治家は80人に達するというが、政経塾出身がとうとう
総理大臣になるまでになったが、餌をたらふく喰った豚のよう
で吉本のお笑い芸人かと思うような風貌で男の気骨など微塵も
感じない。家内などは気持ち悪いという始末だ。
いまの国状と政治の姿を松下翁はどう思うだろうか。
嘆かわしい限りである。

チャンネル桜の水島氏も同じ団塊の世代の不甲斐なさを嘆くが
私も村の区長役を任じ区民にせめて元旦には日の丸を飾ろうと
提案しても横を向いている。北朝鮮の拉致の問題など口にすれ
ば個人でどうにもならんことなど、どうしようもないと一蹴さ
れ右翼ですか?で終わりだ。
区長といえば体育協会の常任理事だという秋の体育祭の準備会
で担当者いわく年々参加者が減っているという。
東北大震災などが起こり国旗掲揚の際、国歌を唄って気持ちを
盛り上げたらと提案しても執行部で検討しましたが唄わない方
がいいという意見があるので例年通り唄わないことにしました
の回答。そういえば平和憲法を守る、九条の会などと大書きし
た看板が立つ地域だからだろう。
社会教育委員の時、新しい歴史教科書をつくる会の資料を配っ
たら、誰だこんなものを、この席に持ち込んだのはと県庁職員
であった男が息巻いた。週休二日で高給を得、死ぬまで国家に
よって保証された身分のくせにと思った。
新旧役員親睦会の席で隣でほろ酔いの元中学校校長だった教育
長に、新しい歴史教科書についてどう思うか訊ねたが「賛否両
論あるから・・・」で逃げてしまう。
教育長、月の手当が57万円だと知って彼らには天国のような
国なんだろうと思った。

戦中派の伯父貴が言う、日本人はダメにならんと分からない国
民だから大声でアジるより日頃の生活態度で洗脳していくしか
ない。ともいったが、その伯父貴も最近は僕はもう諦めたという。

青年よ奮起して欲しい。国民に我が国の真実を訴え売国奴政治家
と戦って欲しいと願うこの頃である。
 

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