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理解と人間関係について説明不足なところがあるかもしれないので補足します。
理解は自己愛を基盤にしなければ単なる取引関係で終わってしまいます。
以前から何度か書いていますが、ある特定の条件下だけで自分を表現するというのは『ある特定の条件下でのみ自分を愛する』という自己宣言を潜在意識下に刷り込むことになります。そうすると限られた小さな自分を通して現実を認識することになり様々な不都合な問題を創造し始めます。
例えば
『他者を理解すれば他者のニーズを理解できるので仕事や奉仕に役立てることができる。』
『他者を理解できれば他者がどうしてそのような活動をするのかが理解でき許すことができる。』
『他者よりも高い意識レベルにある場合に他者の全てをあるがままに理解でき簡単に許すことが可能だが、他者と同じかそれ以下の意識レベルでは理解するのが難しく対立し許すことは困難だ。』という“理解の諸要素”に気付いたとします。
自分を愛することができる人はこの利点を積極的に活用できます。
しかしギブ&テイクのような取引形態を人間関係に持ち込んでしまうと
『相手が理解してくれたときにのみ私も理解してあげよう。』
『私が理解してあげたのだから相手も私のことを理解すべきだ。』
という考えが生まれ“純粋に理解をする”という自己を否定する方向にいってしまいがちになります。
私のメッセージはどのような生命形態のときも拡大された自己愛(自己創造・自己表現)をもとにして送られています。
ですから“賛同できない人達と上手くやっていくこと”とは単なる仲良しこよしではありません。
『どんな状況でも自分らしい自分を表現する。』
という無条件の愛を基盤とするメッセージであることを認識してみてください。
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