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理解を自分のものにする

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年10月 9日(金)20時34分49秒 125-14-99-84.rev.home.ne.jp
  理解と人間関係について説明不足なところがあるかもしれないので補足します。

理解は自己愛を基盤にしなければ単なる取引関係で終わってしまいます。

以前から何度か書いていますが、ある特定の条件下だけで自分を表現するというのは『ある特定の条件下でのみ自分を愛する』という自己宣言を潜在意識下に刷り込むことになります。そうすると限られた小さな自分を通して現実を認識することになり様々な不都合な問題を創造し始めます。

例えば
『他者を理解すれば他者のニーズを理解できるので仕事や奉仕に役立てることができる。』

『他者を理解できれば他者がどうしてそのような活動をするのかが理解でき許すことができる。』

『他者よりも高い意識レベルにある場合に他者の全てをあるがままに理解でき簡単に許すことが可能だが、他者と同じかそれ以下の意識レベルでは理解するのが難しく対立し許すことは困難だ。』という“理解の諸要素”に気付いたとします。

自分を愛することができる人はこの利点を積極的に活用できます。


しかしギブ&テイクのような取引形態を人間関係に持ち込んでしまうと

『相手が理解してくれたときにのみ私も理解してあげよう。』

『私が理解してあげたのだから相手も私のことを理解すべきだ。』

という考えが生まれ“純粋に理解をする”という自己を否定する方向にいってしまいがちになります。



私のメッセージはどのような生命形態のときも拡大された自己愛(自己創造・自己表現)をもとにして送られています。
ですから“賛同できない人達と上手くやっていくこと”とは単なる仲良しこよしではありません。

『どんな状況でも自分らしい自分を表現する。』

という無条件の愛を基盤とするメッセージであることを認識してみてください。
 

蓮花さんへ 

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年10月 9日(金)20時32分55秒 125-14-99-84.rev.home.ne.jp
   全てのメッセージは神あるいは真我からのメッセージですよ。特定の権威者からメッセージが来ているという感覚は自己喪失につながる危険があるので避けたほうがいいですよ。

 といっても、以前海洋生物さんとの対話で“パダワン(生徒)”レベルだとか、良太さんとの対話で「HNはディセンションマスターでもよかった。」という程度のアセンションマスターです。だから飲み屋のマスターとほとんど変わんないから権威者にはならないはずなんでそれほどの心配はないはず。と思います。

 感覚で注意すべき点は偽自我が現状維持のために生み出した思考にだまされないようにすることです。

 『魂は変化を楽しみますが偽自我は変化を嫌います。』

動きが鈍くなったりして偽自我の抵抗を感じたら、偽自我の変化に対する不安や恐れを解放してあげるといいですよ。解放の仕方は認識シリーズに書いてありますが、重力を使った身体的なアプローチの仕方を自分のストレッチ法やハタヨガそして呼吸法などを通して発見していくのも面白いかもしれませんよ。
 

アセンションマスターさんへ

 投稿者:蓮花  投稿日:2009年10月 6日(火)02時56分27秒 softbank221052068188.bbtec.net
  丁寧な書込みありがとうございました。

力強いメッセージ、全身で感じさせていただきました。

シャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』を読みました。

こちらの内容もアセンションマスターさんのメッセージなのだと感じながら、今、読み終えたところです。

色々お聞きしたいことがあるのですが、今はまだいいです。

私を理解してくれる人がいる…というだけで、心が安らぎます。

私はこれから、“なぜそう感じるのか?”という部分に焦点をあてて生活したいと考えております。その中に、私の求めるものがあると思うからです。

また、何故私は今生かされているのかの答えを、実は子供の頃に知っていたのかもしれないと感じているところです。それを確認する為にも上記の作業をしようと思っています。

バレーボールを用いての説明はとてもわかり易く、まさに自分は相手の動きではなく、感覚とボールだけに意識を集中していたことを思い出しました。そして、その感覚は“空”の状態で在るほど、全てに適応できます。駆け引きになると『できるかできないか』の二分化してしまうし、迷いが生じるのも体験しています。

こうして書込みをしていて、今、すごく穏やかな気持ちです。

この感覚がアセンションマスターさんに伝わりますように…
 

蓮花さんへ 

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年10月 2日(金)23時58分47秒 125-14-99-53.rev.home.ne.jp
   蓮花さんの虚無感は無力感からきているものではないですか?もしそうなら、自分の本当の創造力に気付けないでいる場合に経験するものなので意図的に創造性を表現する必要があるかもしれません。

 まず先にことわっておきますが蓮花さんは自分で答えを出しながらそれを自分の現実に意識的に適用していないケースがあります。

 無意識に適用している部分を意識的に活用してみてください。

 例えばバランスについて。自己と他者のバランスについてすでにいろいろと考えたり答えみたいなものをアイデアとしてお持ちのことと思います。

 自己・他者、陰陽、外と内などの全ての二元性についていえることですがバランスポイントは流動的で固定的なポイントはありません。

 ですから当人の感覚がとても重要になります。

 バレーボールで構えるとき、ポジションによって重心のとらえ方が時間と空間の変化とともに変わるはずです。特定の構え方にこだわってしまうと重心が居ついてしまい素早く動けなくなってしまいます。

 基本を習得した後は、自分の重心と地球の重心がつながる一線をキープした独自の構えなり動き方をしなければ自分の肉体や心体の個性を発揮できないものです。

 これは当人が練習や実践を重ねて感覚的に習得しなければ机上の空論となってしまいます。


 いくつかのところで度々話しましたが


 『重力に身を任せる感覚と神や運命そして人生そのものに身を任せる感覚は同じものです。』


 緊張して力み過ぎると筋肉の“筋紡錘”(第六感)と言う感覚器が働かず重力をとらえられません。そうなると身体的なパフォーマンス全て(肉体だけでなく心体や知性体なども)に影響が出てきます。

 肉体(3次元)⇔心体(4)の意識場において情報は重力波を用いて媒介されます。

 ですから肉体を観察するという簡単な方法で重力に敏感になれ、訓練をすることが可能です。

 例えば試合中に仲間の体を観て「リラックスしていこーう!」と声をかけたりしますよね?このときを改めて思い出して欲しいのですが肉体ではなく心で仲間の状態を観じているときが的確で、肉体で見て言ってるときは挨拶程度ではないですか?

 動いているときは瞬間瞬間の事象に対応するために感覚的に無意識に行なってしまっているので、瞑想したり大空をみてゴロンとしながら肉体を観察すると重心線を意識的にとらえやすくなるかもしれません。

 また花を見て「きれいだな!」と感じるときにスッと天地と自分の中心を通る気持ちのよいラインに気付いたことはありませんか?


 いろいろ具体例を出してきましたが本題はここからです。


 武道やスポーツで相手の動きにとらわれると自分の重心を見失う“虚”の構えになってしまいます。

 他者と感情や思考そしてイメージをやりとりしていると心の構えが重要になります。もしここで他者の心の活動にとらわれて自分の心の中心を見失うと心体が“虚”の構えになってしまいます。


 例えば、自分の期待するシナリオ通りに相手(観察の対象、思考や感情など観察されるものすべて)が動いてくれないと無力感にとらわれてしまいます。

 こういうときは身体全てをリラックスして“実”の構えをとるといいでしょう。実の構えでは中心(重心)は自分の身体にありエネルギーにあふれ充実感を味わえます。


『肉体だけでなく心体など全てが“実”の構えでいるときは積極性が増し、創造的に生きることが容易です。』


 『無とは無限の色を含む無色の光のようなものです。プリズム(人生)を通せば全ての色(可能性)が現れます。空とは空白のキャンバスです。神は無垢な幼子として全ての人生を送り出します。事前に絵の描かれたキャンバスに自由な絵を描くことは不可能です。』


 蓮花さん、自分の感覚(中心・重心)を大切にしてバランスポイントを流動的にとらえてみてください。


『全ては無意味である。』は悟りの始め。そこから何を描くかはそれぞれの自由意志に任せられています。
 

拝啓、母上さまへ

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年10月 2日(金)23時52分27秒 125-14-99-53.rev.home.ne.jp
   良江さんはこの掲示板の生みの親(おかあさん)だから見捨てられると困ります。私も自立して自由に書き込みますので、母上様も隠居して自由に書き込み人生を楽しんでください。

 弱気になると突付かれやすくなるので肝は太目の感じでいきましょう。
 

自己と他者。

 投稿者:良江  投稿日:2009年10月 2日(金)19時56分39秒 eatkyo307254.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
   蓮花さん
 素直ではない気持ちもたくさんあります。^^;
人に理解されたいと思い過ぎると、かえって自分を理解してもらえないという悲しみを
強めてしまうように感じました。

>誰にも伝わらないかもしれません。今までも大して響いていませんでしたから。
それでも結構です。もう、そんな事どうでもいいんです。

 みんなお互いにそう思っているかもしれませんね。^^;
私の気づきは私にしかわからないって私も感じます。でも、自分が気づけば
いいんですものね。「わかってもらおうと執着しすぎた」のが問題だった
というのも今の気づきです。

 アセンションマスターさんのコメントにもあるように、
「それぞれの個性の多様性を受け入れた上で相手を理解すること」はとても大切だと
思います。
 ただ、「相手を理解すること」ってすんなり共感出来る場合は楽ですが、
理解に苦しむ場合もありますから、無理してまで理解する必要はないかもしれませんね。
何も判断せず、白紙の心でただその人の気持ちを感じることだけなのかもしれません。
私は相手を一生懸命理解しようとしたから自分も理解されたいと、その代償を求めて
いたのでうまくいかなかったようなのです。そうした経験が今年になっていくつも続いて
いたのです。自分も理解して欲しいと思った時、かえって攻撃され、辛い目に合わされる
経験。。。この掲示板以外のところの話ですよ。^^;
結局、私の心が自分以外の人からの承認に向いていたことを気づかせてもらえた良い経験
でした。自己と他者という二元性のお陰で色々学びがありますね。感謝です。
色々と気づいたので今後は経験も変わるような気がします。

 お休みをいただいたのは、ピアノのボランティアをすることになったので
ピアノの練習に時間をかけたかったからです。余計な心配をおかけしてすみません。^^;
ピアノの周りをきれいに整頓し心をこめて磨き、精一杯心を込めて練習する。
そうした気持ち、念というものが音に表れるのだと思うのです。
見えない世界。。。色々気づきがありました。。。
気づいたことは行動しなけりゃ意味ないですから実行しなければ。^^;

 という訳で、管理人にはこだわらず、書き込みたい時に書かせていただきますので
皆さんも今までどおり自由に書き込みお願いします。
 

二ールさんの手紙

 投稿者:良江  投稿日:2009年10月 2日(金)19時11分16秒 eatkyo307254.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
編集済
   ...that Life is conspiring in your favor.
人生は君の思ったように動いているよ。

It may not always look that way, but it is, I assure you.
え?そうゆう風にはみえないって??
でも、、そうなんだ。
僕がやくそくするよ。

Everything that is happening, is happening just the way
it must, in order for you to have the opportunity to
create the experience of your Self for which you yearn.
君が望んだ通りのことが
すべてそのまま起こっているんだよ。

The idea behind all of this is to give you a chance to
become and to know, at the highest level, Who You
Really Are. This is God Work we are up to, you and I.
So keep on.
それは神様の計画。
君が君であるためにね。
だから、、続けて。。
生きていくだ。

Love, Your Friend....Neal
愛をこめて
君の友達ニールより。



 お友達のところに届いたニールさんからの手紙。
絶妙なタイミングで出会えるものだなあと感じています。

 このたびは事務局様にまでご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。
 今回まさにニールさんの手紙と同じようなことを思っていました。
 

掲示板について

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年10月 1日(木)18時01分51秒 125-14-99-53.rev.home.ne.jp
   ここの問題はここで解決しましょう!!問題を他の現実に持ち越してしまうと因果関係が分からなくなってしまい、魂が他の現実で同じ問題を創造すると「何でこんなことが私に起きるの!」ということになりかねません。

 どこの現実も理想通りに行くとは限りません。神との対話を読んでいるから分かりあえるはずという期待ではなく、神との対話を読んでいる読者のそれぞれの個性の多様性を受け入れた上で相手を理解することが大切だと思います。


 多様性を認めるということは様々な価値基準を受容するということです。特定の価値基準だけを認め、それに合わないものを排除するならカルト組織とかわりません。

 特に『神との対話』を読んで上手くいっていない人達が『神との対話』に賛同できないのは当然です。
 この賛同できない人達と上手くやっていくことも”一つであることを思い出す”プロセスとしては重要です。


 『一体であることは真実ですが、一体化は幻想です。なぜなら一体化は幻想の中で分離を経験している状態だからです。』


 この相対的な世界では自己と他者という究極の二元性が存在しています。これは克服すべき問題ではなく、自己を創造する上で活用すべき祝福です。
 

リメンバーワン事務局よりお知らせ

 投稿者:リメンバーワン事務局  投稿日:2009年 9月29日(火)10時20分30秒 pl1050.nas922.p-aomori.nttpc.ne.jp
  掲示板ご利用の皆さまへ

 皆さま、いつもありがとうございます。
 数日前、
 この掲示板についてこちら事務局にクレームがありました。
内容については控えさせていただきますが、大変、不快に思われいる方がいらっしゃるとのことで、掲示板上でも改めて心よりお詫び申し上げます。
 やはり、心の状態を言葉にのせてそれぞれが表現される訳ですから、思いやりやマナーに
欠けることは注意していきたいと事務局より改めてお願い申し上げます。

 また、事務局より”ある特定の方”にお願いして書き込みをしていただいている、ということも一切ありませんので重ねてよろしくお願いします。

 お世話役の良江さんが、しばらくお休みすることになりましたので掲示板を閉じた方が良いのでは、とのご意見もありました。
 今まで、事務局としましては良江さんにここを任せっぱなしでなんのサポートもせずに来てしまいましたことを申し訳なく思っています。
 投稿者の皆さまに自由に発言し合える場として活用して欲しかったので、事務局は直接、関与しないようにしてきたのですが、想像以上に良江さんに負担をおかけしてしまいまいた。
 良江さんには感謝でいっぱいです。

今後は、お世話役を置かずに良江さんにも、一投稿者として気軽に書き込みしていただく方法も有りかもしれませんね。

 リメンバーワンのテーマは分かち合いですので、いまいちど、皆さまのお心に受け止めていただければ幸いです。
 掲示板の今後の流れや閉じるかどうかなど、皆さまのご意見もお伺いしながら参考に
して行きたいと思います。
 どうぞよろしくお願い致します。

                リメンバーワン事務局  馬場淑子&川村広子^^/
 

3つの戦争

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年 9月28日(月)18時17分16秒 125-14-99-53.rev.home.ne.jp
   戦争には経済力をつかったものや武力をつかったもの、そして知力をつかった3種があります。

 知覚正面(2次元)⇔肉体(3次元)の現実では経済力をつかって物や肉体表面を競い合う対立が争いのメインとなります。


 肉体(3)⇔心体(4)の現実では武力をつかって肉体や物の三次元性(奥行き・質感)を奪い合う競争がメインになります。


 心体(4)⇔知性体(5)の現実では知力をつかって互いの心を破壊しあう争いがメインとなります。
 この戦争形態は主にトレーターユガといわれる時代に学者や僧侶・神官職にあるブラーミン階級の者達が行なっていた戦争です。

 『知性体(5)を構成する様々な信念体系(様々な価値基準)を源とする知力をつかった情報戦争は心(4)を豊かにもすれば疲弊させてしまうこともあります。』

 『肉体(3)を構成する様々な感覚・質感を源とする体力をつかった経済戦争は知覚正面(物や肉体表面・2次元)を豊かにすることもあれば貧しくさせてしまうこともあります。』

 『心体(4)を構成する様々な思考・感情・イメージを源とする武力をつかった戦争では肉体(3)を生かし健康にすることもあれば殺したり不健康にしてしまうことがあります。』


 これらの戦争はバラバラに存在しているのではなく一体となって存在しています。偽自我のリアリティがどこにあるかによって上位次元の戦争は潜在意識下で進行します。



 中立であることで争いを避けることができます。


知覚正面(2次元)⇔肉体(3次元)の経済戦争では物(土地や金銭)や肉体表面上の在り方に対して執着なく過ごせば中立でいることができます。

 肉体(3)⇔心体(4)の武力戦争では肉体や物の3次元的なあり方に対して執着なく過ごせば中立でいることができます。

 心体(4)⇔知性体(5)の情報戦争では心のあり方に対して執着なく過ごせば中立でいることが可能です。


知覚正面(2次元的な身体)に対する執着は肉体(3次元的な身体)に対する執着を手放せば簡単にできます。

肉体(3次元的な身体)に対する執着は心体(4次元的な身体)に対する執着を手放せば簡単にできます。

心体(4次元的な身体に)対する執着は知性体(5次元的な身体)に対する執着を手放せば簡単にできます。

6次元以上の身体はカリユガ(現代)の地球の人間には未顕現状態でつかえません。集合意識(5次元的な幻想の元)から離れてはじめて6次元以上の身体は発現します。


『カリユガ(現代)の地球では知性体を構成する様々な信念体系(価値基準の総体)を全て解放して手放すことで文化的な幻想から離れることができ、あらゆる執着から自由になれます。』


 信念が偽自我の枠組みを定義しているともいえるので、信念体系を手放すことは偽自我の自己崩壊を感覚的にイメージさせるので恐怖や不安につながります。

 偽自我にとってはかなりつらいことなので皆さん無理はしないでください。偽自我は悪ではありません、相対的な世界で遊ぶためのアヴァター(化身)であり魂(真我)にとっては大事なオモチャ(ツール)です。

相対的な世界で遊ぶのを止めるときに自然に手放せます。

自然な自由意志(選択)によってこの解放は起こります。(自由意志がないという信念も自由意志による選択です。)

選択は他者(物・人・社会)から強要されるものではありません。

『それが自分らしいから!という喜びの自己表現から自然に行なわれるものです。』

『真理に従う必要もありませんし、真理自体が強制することもありません。』

『真理の人格的な側面である神に従う必要もありませんし、神自身が強制することもありません。』

 『人が神や真理に気兼ねなく生きることができれば、神や真理も気兼ねなく人前に現れることが可能です。』
 

以上は、新着順41番目から50番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
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