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皆様へ☆

 投稿者:蓮花  投稿日:2009年 9月14日(月)02時58分19秒 softbank221052068188.bbtec.net
  今夜は星がきれいでした。三日月にぴったり寄り添う赤い小さい星もよく見えました。

【ジュピターさん】
私はシラサギが集団で木に泊まって寝ている姿が好きです。緑の樹に白い水玉模様。
近くで見ると大きいのでちょっと怖い…。飛んでる姿が好きなのはトンビやサシバかな。
悠然とカッコイイ。個人的に好きなのはセキレイ(?)とカイツブリ。見ていて飽きない。

今日自販機でジュースを買ったら、隣の廃屋に目が留まった。
人が住んでいない民家はエネルギーが完全に抜けてしまってただの物質になってしまうけど、その庭にススキが生えていたんだ。今日は天気が良かったから、ススキの穂がとてもキラキラしていて生命力に溢れていたの。そのコントラストは、もう最高でした。
ジュピターさんに見せたいな…と真っ先に思いました。でもムリなので、この稚拙な文章でイメージ膨らませてみてください(笑)。

【良太さん】
久しぶりです!!出てきてくれてありがとう!!
良太ワールド…たぶん言葉をストレートに解釈するからわかりにくいのかな、私には。
例えば『破壊=創造』というように言いたいのだけど、その前に今、出来上がっている物を一度壊さないと創ることができないから破壊という言葉で伝えているのかな。
『愛』に対しても一般的なイメージではない裏の側面で語っているんですよね。

気分が向いたらまた顔を出してください。蓮花の書き込みだけでもいいので。

【アセンションマスターさん】
めずらしくワンダフルシェアの方の書込みがなかったのでちょっと心配しています。
体調崩されましたか?忙しいだけならいいのですが…世の中大分変わってきましたから相場の方もかなり目まぐるしく変動しているのでしょうね。

先日の質問にお答えいただきありがとうございます。
あの時は、もう自分の身体に戻ってこれないかも…と不安になってしまったんですね。
とても『それでもいいや♪』とは思えなかった。
私、自分で思っている以上に色んな物(現在)に執着しているんだと思います。
 

在る・我・侭に

 投稿者:ジュピター・レイテル・セイヤ  投稿日:2009年 9月13日(日)11時33分19秒 211-127-156-197.customer.soloot.jp
  あははっ、シラサギシラサギ、いつのまにか30羽を超えてしまった。
かっこよかったな。今度は急降下して右左と翼を振り、大きく回って
留まった。他にもたくさんの鳥がいるようで、あちこちから鳴き声が
するんだ。可愛い音や渋い音の鳥達がいる。バンだけは確認したけど。


☆蓮花

時間の流れの違いか。あれは面白いね。3&4次元世界では瞬時のことでも、
心の世界はスローなブギにしてくれって感じだよ。ウォンチュ俺の♪(古い。

まあおいらは…バイクで数度事故った時、そのような体験はしているけどね。
空を飛んだ時は気持ちよかったな。「うわぁー、空を飛んでる」って感じで、
目はつぶってたけど太陽はまぶしく感じ、何だか至福の時だったのを覚える。
んで、この次元の我に戻り、「そろそろ落ちるから受身でもした方がいっか」
と考え落ち、ころころ転がって受身をしたよ。他の時、電柱が近付いたから
避けた方がイイとか、余裕があったな。あと、自分がスローな時、スローだ。
そのような時、自分を知っていると感じるね。明晰でいられる。感じている。
ああっ、そうそう、今!!!とか、ここ!!!。何か空気も変わった感じだ。
正確には空気じゃないな。エネルギーだ。感じているエネルギーが変わった。
おいらが見た感じでは、身体の周りにはいくつかの層があるんだ。虹色だお。
虹といえば一ヶ月ほど前、川の真中に虹が現れた。まさに虹の掛け橋だった♪


☆アセンションマスター

まっ、影響を受けたのは、おいらだけどね。何だか電気が走り回ってしまった。
電気といえばだいぶ前だが、下から上へと駆け抜け面白かったな。抜けた感じ。
クンダリーニ体験かもだが、これはどちらかというと古いやり方だったかもさ。
その後は、やたらエネルギッシュに感じた。今は自然に流れるよう心がけてる。
どうも極端から極端と生きがちだったが、そうしながら、バランスを感じ行く。
まあでも、君だって何かしら影響を受けたんじゃないかい? 感じが違ってた。
だから体験できるのだからそれでイイんだけどね。流れれば流れるだけのこと。


大自然は好きだよ。あの内にいると、すとんとエネルギーが調和する感じだよ。
調和するってことは、それが本来のおいらだってことさ。超自然に近付く感じ。
心を開いて感じるのなら、内から新たな次元が開かれる。眼も開き見え感じる。
あの今は開いてないね。人工的な権威とか束縛を感じてるから。それも飛ぶよ。


☆良太

あははっ、偽者か。大いに結構だ♪
偽者とか本物とか、興味が薄れた。
まあもともと、どうでもよかった。
その詩は、その君が感じ描いたものさ。
それでイイと思うな。それでイイのさ♪
 

偽我さんへ

 投稿者:良太  投稿日:2009年 9月13日(日)03時27分39秒 p22004-adsau04yokonib2-acca.kanagawa.ocn.ne.jp
編集済
  イエス様は今でも世界の破壊者です。
イエス様は真実を理解したが故に、
此の世界に執着する人達にとって
其の存在は不愉快その者で在る筈です。
真の愛は不愉快な者です。
貴方の幸せ等念頭に無いのですから。

此の世の幸せなど何の価値も無い。
と、イエス様は訴えたのです。
お釈迦様もそう訴えました。

愛は貴方の幸せを破壊する為に在ります。
愛は、唯貴方の中に在る真我の願いだけを聞き届けます。
真我が自由に振る舞う事だけが愛の願いです。
愛、神の、自然の、生命の願いです。

従って、私達の願いが叶わない時、
愛は正しく働いたと理解しましょう。
貴方が絶望する時、貴方は愛に、
真実に最大限近付いたのだと理解しましょう。

絶望は愛の証です。
絶望して居るのは偽我だからです。
真我は偽我の絶望の果てに自由を得るのです。
そして一点の曇りも無く愛を表現出来る様に成るのです。

此の世界が無意味で在るのは、
偽我が想い描く世界を唯一の世界であると理解して居る間だけです。
貴方の真我が自由を得た後には
全ての瞬間が、意味の在る、ただ愛で在る、
感謝する必要も無い感謝その者でしか無い瞬間に変わるのです。

ですから、偽我である貴方が
愛であろうとする必要等ありません。
唯、そう言った不必要な努力を手放すだけで良いのです。
何か気付きの様な者を得ようとしたり、
得たと思い込んだりする癖を手放し、
人助けが良い事だと奔走したり、
旨く行かなかったと挫折する様な出来事に意味を見出したりせず、
唯、貴方を手放す事に専心するべきです。

貴方自身を手放す事に専心する事が、
貴方を救う唯一の道であり、
其れこそがイエス様やお釈迦様の指し示した道なのです。
 

レイテルさんへ 

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年 9月13日(日)00時58分48秒 61-21-203-195.rev.home.ne.jp
  レイテルさん、ゴメン、ゴメン。レイテルさんみたいに感受性の強い人への注文は余計な圧を与えてしまったね。指図のつもりはなかったんだが・・。レイテルさんの普段の文章より物足りない表現になってしまったみたいだし、失敗したー!

レイテルさんって人間が作り出した人工的な権威とかに束縛を感じるみたいですね。親とか社会とか・・・。もちろんそれらへの愛情みたいのなものも少しは感じているのかもしれないけど、期待するほどではないなといったところでしょうか。

逆に“大自然”には自由と自然な愛情を感じているのがなんとなくわかります。実際の感度の強さとかはレイテルさんの人生を体験しなければ分からないので、他人の勝手な推測ととらえてください。
 

蓮花さんへ 

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年 9月13日(日)00時57分33秒 61-21-203-195.rev.home.ne.jp
  連花さん、9月8日分の質問に私の観察したことをお話します。

肉体(3次元)⇔心体(4次元)を中心とした現実で観察の対象(この場合、肉体)が急に消えることがあります。この現実は感覚的なものなので言語表記するときは「スー」とか「熱のような」とか「ブン!となってこう!」みたいに長島さん的表現になります。

ですから質問も難しければ、答えるのも難しい領域とも言えます。

しかし多少の表現は違っても同じ体験の共有者なら先の長島さん的表現でも当事者同士でメチャクチャ分かり合えるのもこの領域の特徴です。

さて観察の対象が急に剥落した瞬間、蓮花さんは感覚的に「この体験は何?」という意識状態になり、心体(4次元)⇔肉体(5次元)の現実に移行して分析(思考つまり心を観察の対象とする作業)に入ったために孤独を感じ、元の一般的な現実である知覚正面(2次元)⇔肉体(3次元)の世界にリアリティの中心を戻しました。

これからチャクラシリーズで感情について詳しく記述していくと思いますが、ここでは簡単に説明しますね。

神との対話の中でも語られていますが“不安”は注意、警戒をするための意識状態です。このとき意識は問題に焦点を合わせるために収縮し問題そのものをより明確にとらえようとします。
このとき当然、意識視野は狭まりますから問題(観察の対象)以外は認識にあがってこなくなります。

蓮花さんの体験では全的な体験をし始める段階で、無意識のうちに分析という作業が入ったために全的な体験が中断されてしまいました。
それでも非日常的なパワフルな体験だったはずです。孤独を感じたのは分析のために不安(意識の縮小)を用いたためです。


次の体験からは全てを経験してやる冒険野郎になってみてください。感覚的には目の前の物事に意識を集中するのではなく、意識を拡大する愛・受容の状態です。

蓮花さんはシャーリー・マクレーンのアウトオンアリムを読んだことがありませんか?誰しも未知の領域に踏み込むときは躊躇したり不安を感じたりするものです。特に偽自我は自己保存欲求があり身(現状維持)を守るために不安や恐れを感じると逃げ出してしまいがちです。

神秘的体験を恐れずに体験するには偽自我を説得する必要があります。論理的に説得するのではなくユーモアで説得するほうが有効です。

『さて、三途の川でも泳いでみるか!』的なノリで踏み出すと枝の先(アウトオンアリム)の果実(真実)を手に入れることができるかもしれません。

注意するとすれば、ビルから飛び降りるのではなく、地面からビルの屋上に飛び上がる方法を選ぶことです。同じ飛ぶならギャンブルにはならないリスクのない方法が健全です。

具体的に言えば、他者に自分の力を証明したい自己顕示欲にかられればビルから飛び降りる手段を選びがちです。しかし純粋に真実を体験する場合は人知れず静かに経験を選択するので、地面からビルの屋上にピョンと飛び上がる手段で充分だとわかるでしょう。

「静かに観察する。」ということには少し弱々しいイメージや感覚がつきまとうかもしれません。

しかしこれからは「勇気と強さと忍耐力」を「静かに観察する」ときの自己イメージと感覚を持ってみてください。母親としての経験がヴァンテリンよりも有利に働くよbyラモス。

というわけで、簡単にまとめちゃうと神秘体験に入るときは意識を絞らずに拡大させてみてくださいということです。
 

おかあさん様へ 

 投稿者:アセンションマスター  投稿日:2009年 9月13日(日)00時55分39秒 61-21-203-195.rev.home.ne.jp
   ハンドルネーム変えちゃうんですか?不評とは他人の評価を気にしすぎではありません?

 ハンドルネームに込めた思いなりアイデアなりを再確認するチャンスですね。

他者からの評価・承認を求めるのは他者依存型の文化の影響で、魂本来の自由とは対極にあります。

一方で有能な奉仕者として他者のニーズを満たしてあげることは魂本来の在り方と調和します。

他者のニーズを満たすには愛に基づいた心配りが必要です。

例えば、ガリガリに痩せた子と糖尿で病んでる子供が「ケーキを欲しい!」とねだっても両方にケーキを与えることはできません。表面上のニーズを満たすことは愛とは異なります。

私は神との対話を読んでない友人や真実を求めない幻想に生きる友人達にはよくお金儲けの方法をすぐに教えます。
しかしお金よりも大事なものがあると感じ真実を求める友人達には宇宙のダルマ(本質・法則・義務)を教えて、短絡的な金儲けの方法は教えません。

人によって選択する人生は異なり、ニーズも異なります。相手が本当に欲することを知れば厳しさと優しさの両方が必要です。


ここは真実を探求していく人達の集まりですから厳しい現実、不都合な真実を直視して問題と誠実に向き合う姿勢が求められるでしょう。


母ほど忍耐強く愛情深い存在はいないかもしれません。糖尿で病んでいる子に嫌われて愛を疑われてもケーキを与えない、忍耐強い本当の優しさの象徴が“母”だと私は思います。
(神は多くの人達に愛されてもいますが、真実の愛を知らない人達からは何で与えてくれないんだ!と恨まれてもいます。また人の子・キリストも現在こそ多くの人達の崇拝の対象ですが当時は崇拝する人達よりも、現状の破壊者として恐れる人が多く迫害の対象でした。)


明日の神でもマスターへの早道はマスターだと名乗りその人生を生きることだとあります。
もし現在“おかあさん”という称号にふさわしくないと感じていたらなおさらです。

現実を考えてみてください、自分に自信のない親が親の名乗りをあげないことがあるでしょうか?自信がなくても、子が親を親と認めなくても責任や義務そして役割から解放されるわけではありません。逆境であるような状況ではなおさら親としての自己宣言が強く必要となることでしょう。

真実を生きる上で他者を説得する必要はありません。ただ自分に真実(自分は何者か?)を示さなければ幻想の中で迷い、自分の人生を生きることが難しくなってしまいます。


本当に神との対話を読み真実を真剣に生きている人に真実を話しても機嫌を損ねることはありません。
しかし魂本来の自己を忘れ偽自我の弱さを正当化するために、神やマスターの教えを部分的に採用している人達に真実を話すと機嫌を害してしまうでしょう。そういう時は馬鹿なフリをして相手に譲ってあげる柔軟性も必要かもしれません。そういう時も真実の自己は見失わないようにしましょう。フリをしているうちに、その演技が本物になることがあるので。
 

バレーの試合にて

 投稿者:蓮花  投稿日:2009年 9月12日(土)23時34分19秒 softbank221052068188.bbtec.net
  本日のバレーの試合は素晴らしかった。

いつになく気分が落ち着いていた。ムリに高揚させる事も無く冷静でいられた。
でも皆が盛り上がるように声は出すようにしていました。
ゲームが始まる前から集中できていたんだと思います。

そして、ゲームが始まって、あれ?と感じたのは時間の流れの違い。
私だけ周りの時間の流れと違う気がした。決断力も読みも早い。
実際、球の流れや人の動きが良く見えた。

また、私の次のプレイをもう一人の私が先にやっていてその通りの動きをすると実際そうなる…みたいな不思議な感覚の中でプレイしていた。

昔、中学生の頃もこんな感覚があったことがある。
バスケットボールをやっていたのだが、攻めているときに相手のディフェンスが止まって見えて、自分が抜けていく道が白く光って見える感覚だ。

バスケでもバレーでも空中でのプレーは一瞬なのに、すごくスローでコマ送りのような感覚になる。そのコマ送り状態の中で、今!とか、ここ!みたいに感じた時は、全体の時間の流れが完全に止まっているように感じる。

その一瞬がとても気持ちよくて忘れられない。

久々の体験に少し興奮していますが、楽しい時間を過ごせました。
 

在る・我・侭に

 投稿者:レイテル・ジュPター・セイヤ  投稿日:2009年 9月12日(土)15時58分25秒 211-127-156-125.customer.soloot.jp
  直感的な時、生きるそのものが直感だったといえるかもだ。
安心していたし、のんびりしていた。あんま考えなかった。
ひとつの花を、ひたすらじっと見つめていたりしてたよな。
ちょっと角度を変えると、違った美しさに気付いたりする。
だが、同じ花だけどね。繰り返しというのも、そな感じさ。
昨日のおばちゃんとの会話だが、過去にもしてたりするよ(書いてて、笑った。
でもおいらはおいらで、過去とは違うものを観てたりする。
その大元は同じなんだけどね。ばらして観てみたって感じ。
その必要性はないんだけど、まあ自分で創り上げた課題さ。

それとは違い、花から花へと動き、香りを楽しんだりした。
鼻を花粉だらけにしながら。蜜蜂といっしょー♪と思った。
一見違う動きなのだが、心の内の音というのは同じかもさ。
この時のおいらは、何かをしようではなく、していたんだ(在った。
この瞬間にいる時、エネルギーはスムースに回転し流れる。
呼吸も穏やかで心身ともに軽く。本当に飛べるかと思った(考えてるから重いが。

エネルギーというのは、単に変化、在ることと思うんだな。
少し感じ見えるのだが、在り方による考え方で変化してる。
まあ逆でもイイ。考え方による在り方によって変化してる。
エネルギーが見えた時、瞬時に考えを変えると変化してる。

>稲穂は先日の台風の影響で寝てしまいました。ジュピターさんは腐葉土のことを

そうそう、稲穂稲穂腐葉土腐葉土…んと新たに、おいらって記憶力イイよな(笑。
面白いよね、本当に土になるよな。そうやって命というのは、循環してるね。

>秋から冬にかけての楽しみは、陽が落ちてうっすらオレンジ色の空に真っ黒な森や

うんうん、木が影って、透けて見える夕日が綺麗だったりするね。
これも木と夕日のダンスだよ。その間も見えざるダンスがあるよ。
へぇー、おいらのところからも富士山が見える。やっぱ見えると、
嬉しかったりする。昨日はカワセミ祭りだったな。いっぱい見た。
おいらは個人的にカワセミが好きだな。パソ壁紙にも、使ってる。

黄色い花、黄色い花、黄色い花は綺麗だおぉ(謎。
 

同じ事を繰り返す

 投稿者:蓮花  投稿日:2009年 9月11日(金)21時49分5秒 softbank221052068188.bbtec.net
  おかあさんがおっしゃっている内容は以前にも語り合いました。私も一時気付いては、また同じ事を繰り返してしまいます。

想いは波のように押しては引いて、また押しては引いて行きます。

今はまだ、それが自然の摂理なのか、自己の意思が弱いからなのか、真の気付きに至っていないからなのかわかりませんが。

極めようとすれば堂々巡りになるこの掲示板の書き込みにジュピターさんの風は心地よい気分転換になります。在るがままをそのまま受け入れる…自然描写はまさにそれです。

今日は頭の中がモヤモヤしていて、思考と感覚と肉体のバランスを意識して調和しようとしてもダメでした。今まで3つの調和なんて考えもしなかったのですが、なんとなくバラバラなことに不快感があったので挑戦してみましたが…方法もわからず、どこかに意識をすると偏ってしまうのでなかなか難しいです。あ、瞑想という方法もあった。やってみよう。

稲穂は先日の台風の影響で寝てしまいました。ジュピターさんは腐葉土のことを言ってるのかな?独特の土とカビのような湿った匂いですよね。落ち着く匂いです。

秋から冬にかけての楽しみは、陽が落ちてうっすらオレンジ色の空に真っ黒な森や建物のシルエットが浮かぶ景色です。空気が澄んでいると遠くの富士山のシルエットも黒く浮かんでいます。影絵のようでメルヘンチックな感じがします。

何一つ、昨日と去年と数年前と同じものなど無いんだと思います。

私自身も、私を取り巻く環境も、人間関係も、自然ですら全く同じではありません。

自分が望む結果を得られなかった時、隣の誰かの望む結果だったのかもしれない。
それを『自分の思いが弱かったからもっと強く念じて自分の望む結果にしたい』と考えるのはどうなのかな…と、最近思う。

突き詰めていくと、とてもここには書けないような内容になってしまう。
もしかしたら過去の住人も、今の住人もそんな想いを持ちながらいたのだろうか。

良太さんはどうしてるかな。
 

在る・我・侭に

 投稿者:レイテル・ジュPター・セイヤ  投稿日:2009年 9月11日(金)13時43分44秒 211-127-156-56.customer.soloot.jp
  んっ、今ここを見ろって? んじゃ、見るか(笑。

☆蓮花

>名無しだし、それっきりだし、通りすがりの人かな?と気にはなっておりましたが…

まあ、適当に見てる。あくときは数ヶ月見てなかったが、その間見る必要は、
おいらには無かったのだろう。タイミングというものが、やっぱあるんだな。
『殴るなら布団がいい』と言ったのは、確かにおいらさ。布団叩きにもなる(笑。

☆おばちゃん

>心のどこかで、考えを変えて欲しいとか自分をわかって欲しいという感情があった

というのは、自分に対しての声だと思うな。自分を知りたいのは自分だとね。
おいらが構えていたというのは、また別のことなんだ。それは書かないけど(笑。
それに精神や霊性において、男女の格差というのは無いんだ。肉体だけだよ。
だから男女に関わらず、おいらがそれなりに語る時、あのような感じになる。
おいらは一時期、本当に自分が好きだったんだ。だから、敵など居なかった。
それなりに話をし合わなければ会わないだけ。それでイイやって感じだった。
人生には素晴らしいものが、まだまだたくさんあるからね。拘らず流れてた。

>感じで捉えていたのですが、実は分かり合えないものもあるが、それも全体の一部で

ワンネスだよ。心はすでにひとつなんだよ。ただ、ばらばらと思い込んでいる。
例えば一軒の家を建てるには、いろんな職業の人達が居る。それと同じことさ。
彼らは一見、別々の事をしているように見える。だが、同じことをしてるのさ。
おいらは今回、同じ事をしていることは知ってたよ。ただそれを利用したのさ。
まあおいらはなるべく、他者の心に残らないような名を選んでいるんだけどね。
レイテル・ジュPター・セイヤとか、あんまそこらで見かけることも無いしさ。
偶然的一致はすることも無いだろう。まあでも、それは個人個人の自由だけど(笑。

独り言…
やっと、おいらの家にもコオロギが来てくれた。夕べは彼らの詩を聞き寝たよ。
今朝は今朝で、カワセミを近くで見れた。小さな朝顔も咲き出し、綺麗なのだ。
魚達もどんどん大きくなってるし。鯉も恋をするのだろうか? オレンジ色の
鯉と黒の鯉が居るんだけど、向かい合って頬擦りしたり、チューもしていたぞ。
目を少し下に向け、なんだかうっとりしている感じ。亀はその横で足を伸ばし、
まったりしていた。
 

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